新会員 部門
2.ロータリーの親睦について
サブリーダー 慶松 憲三 (葉山)
本日は、ロータリーの「親睦」についてお話しいたします。
まず、ロータリーは、いつから親睦が言われる様になったか? からお話しします。
ロータリーが出来た時の話です。ロータリーの創設者ポール・ハリスが、初代シカゴ・ロータリークラブ会長で石炭商のシルベスター・シールに、食事をしながらロータリー構想を話す時、「親睦について」の最初の言葉が出てきますので、以下をお読みします。
1905年2月23日木曜日、夜は小雪まじりの寒風が吹くとても寒い夜でした。ポールのお気に入りの店で、シカゴ・イリノイ街18にあったテノール歌手のマダム・ガリの店で石炭商のシルベスター・シールと二人で夕食をとっている時、ポールは新しいクラブの構想を語り始めます。
「私は実業家のクラブについて、ずっと考え続けてきました。それは、シカゴにある今までの社交団体とはまったく違った、新しい種類のものなのです。」
シールは尋ねます。
「それは、どのように違って、どんな意味を持つクラブなのですか?」
「そうですね。知己と友情を充分に強調したいですね。しかし、それだけでなく、会員同士がお互いのビジネスを伸ばせたらいいと思います。それは難しいはずはないと思いますが。例えば、二人の会員が同じ職業を持つ事が出来ないと決めればいいでしょう。そうすれば、クラブの中には競争相手がなくなります。もし会員の誰かが品物やサービスが欲しい時には、クラブ内の人と取引する義務を持たせたらいいでしょう。相互扶助の一種だけれど、どう思います?」
英文では、知己を“acquaintance”(アクアインテンス 知り合い知人、friendほど親しい関係でない。≪古≫集合的に、複数扱いの知人たち)と書かれています。
シールは、ポールの構想に賛同し、その足でシカゴ川を渡り鉱山技師のガスター・ロアの事務所に行きます。としてロータリーが生まれる話になります。この会話が、ロータリーの最初の「親睦」です。
シカゴ・ロータリークラブが設立されますが、当初のシカゴ・ロータリークラブには奉仕の概念はなく、事業の繁栄と親睦を目的にして設立されています。
「定款第2条 目的」には、はじめ2項目しかありません。
1. 会員の事業上の利益の推進
2. 通常、社交クラブに付随する良き親睦とその他の特に必要と思われる事項の推進
ですから、親睦はロータリーの初めからありました。
注意するところは、この定款によれば、統計係という役職が設けられて、例会の出欠席とともに、会員相互の商取引や斡旋の結果を郵送して例会に報告する義務があったことです。この委員会は全米ロータリー連合会に基づき、クラブや州をまたいだ取引の統計係も設置されています。
また、会員同士の物質的、相互扶助であったクラブは、会員各自の事業の内容が外部者に漏れないように、機密保持を徹底しました。
定款第10条には機密保持という項目を設けて、こう書かれています。
「例会におけるすべての方針、規則、細則、および商取引は、厳密に機密を保持するものとする。」
この定款では、例会は4回続けて欠席すれば退会となると定めた一方で、例会は月に2回とし、さらに7月8月は休会という規約でした。今とは、だいぶん違います。
1912年8月6日、シカゴクラブ定款が変更され、親睦と事業上の利益の推進という目的がなくなります。この間、色々ありますが今日は時間がありません。それから、10年後の1922年のロサンゼルス国際大会において現在の名称「国際ロータリー」となります。
古いロータリーの文献は、本当に少ししかありません。
ロータリー受難の時代といえる、1923-24年度のRI会長、ガイ・ガンディカーという方がいました。この年の国際大会は、決議第23-8や第23-34があり、ロータリーにとって節目となる時代ですが、日本では関東大震災がおこった年で、このRI会長は、東京の災害復興に多大に貢献した方でもあります。
このガイ・ガンディカーRI会長は、ロータリーで初めての文献と成るものを残した人物としても有名です。その文献の中で、親睦についてこう語っています。
「良き親睦は、決してロータリーのすべてではないのであって、良き親睦は、ロータリーという苗木が根をおろし、成長するための土壌をなしているのである。」そして、この良き親睦を形成するものとして7つ上げています。
1. 真心のこもった握手
2. 姓ではなく、名前で呼び合うこと
3. 歌の合唱を行うこと
4. ある種の、ウエットに富んだ行動
5. 各会員相互間に行われるその他の親切
6. 議長、同僚たる会員および招待者に対する礼儀正しい行動
7. 老練な企業経営者にして始めてできる、紳士的振る舞いと思慮深さ
この7つが、親睦を形成するものと言っています。
初期のロータリーから探れる、確かな「親睦」は、ポール・ハリスの話と、ガイ・ガンディカー会長の文献ぐらいしか、日本では探せません。沢山の「親睦」についての文章のほとんどが、戦後の日本人ロータリアンが思考して書いた、哲学感の高い個的な文章でしかありません。
では、日本のロータリーのいう真の「親睦」とは何でしょうか。
このような、残っている話を元にして、日本のロータリーではよく「親睦と奉仕の両輪」と語られ、それを説明するために、「親睦と奉仕」はクラブ内活動とクラブ外活動、例会活動と例会外活動と言い換えて具体的に説明しています。
親睦は、クラブ内活動・例会活動となり、奉仕はクラブ外活動・例会外活動となりました。
(参考検索・資料は、Rottary.org:奉仕と親睦-Home ロータリーの源流 ロータリー電子文庫-OCN)
これからは、「私なりの解釈」です。
ロータリー・クラブは、初め、知己と友情を深める互恵取引の機密を守ったシンジ・ケートでした。ロータリー・クラブは、一人一業種で選ばれた、地域に有用な職業に従事する職業人が例会に集まって、何でも語りあえる雰囲気があり、お互いの事業上の発想の交換や、職業倫理の高揚、人のため・世のために何をすべきか本心で語り合って、自己改善を図ることができるクラブに変化して行きます。
言い換えれば、ポール・ハリスがここまで思ってロータリーを作ったのではないのですが、親睦があったから、社会奉仕を取りいれて、辞めて行った職業奉仕学者の理論を取り入れてきました。色々な思考や倫理がクラブに入り、結果的にロータリー哲学が生まれて、理論武装してしまいました。
最も重要なことは、クラブ内の互恵取引や、生存地域内の利害関係によって自由な発言ができなくなることは、「礼儀正しい行動」や「紳士的振る舞いと思慮深さ」に反しますから、クラブ内の「自由な発言」を推進・保持するためには、クラブに不文律が必要になります。
この不文律、暗黙の了解事項となっている決まりが、知己と友情から始まった、握手、ウエット、礼儀正しい行動、紳士的振る舞い、思慮深さと言葉を代えて説明されてきたと思います。
ロータリアンには、卓越した事業の専門家がいますし、豊かな人生経験を持った人や、高い倫理観を持った方々がいます。確かに、ロータリー・クラブは人生勉強には事欠きません。ある時は師となり、ある時は生徒となって、クラブ例会をとおして、人生を学んでいます。
それらを可能にする前提としては、ロータリアンがすべて平等でなければなりません。外の社会に出れば、元請けと下請けの関係であろうとも、大会社の社長と零細商店の旦那であろうとも、年寄・先輩、若者、どこで上下関係があろうとも、ロータリーの発想交換の場、例会では、まったく平等の立場でなくてはなりません。そのような雰囲気の中で行われる、平等なテーブルでの会員相互の切磋琢磨によって、奉仕の心が育てられるとロータリーは言っているのではないでしょうか。
ロータリーでは、この一連の行為・考えのことを「親睦」ないしは「純粋親睦」と呼んできました。または、この一連の平等な行為や、この様な考え方から、「純粋親睦」がうまれる。とも言ってきました。クラブの親睦はしばしば「親睦会」や「同好会」「飲み会」と混同されますが、これらはロータリーでいう「親睦を深める」という一手段ですから、否定するものではありません。ロータリーでいう「親睦」は知己と友情を深めために必要な平等なテーブルがロータリーにはあるということです。
最近私は、これに「ロータリーの寛容」という言葉を加えています。
最後にもっと難しくお話すると、今までお話した事全部を、菅原ガバナーエレクトは「ロータリーを楽しもう」と一言で言ってしまいました。と、また考えるともっと面白いかもしれません。
以上お話した事は、私が知っている範囲で「ロータリーの親睦」を語りました。間違いや理解不足があると思いますが、ロータリーの親睦をもってお許し下さい。
ご清聴ありがとうございました。
←プログラム(目次)へ戻る
新会員 部門